インド食材店

前回のインド食材店の話は10年ぐらい前の話である。

もうその食材店はない。

この店は竹町という地域にあった。

この地域は、江戸時代の町の区画が
そのまま現代に受け継がれているような場所である。

かつて長屋だった場所にそのまま人が住んでいたりする。

庭付きの家などほとんどない。

その中の空き家をインド人は借りていた。

「インド食材」などと書かれた立て看板があるだけで
店の名前もわからない。

入っていくと、中は倉庫のようになっていた。

店主が座るデスクが一つあって、
ノートパソコンがあった。

多分商品のデータが入っていたのだろう。

日本人向けというより、
インド人やインド料理店を相手に商売をしていたのだと思われる。

とにかく日本語が通じないことが困った。

「チャナダール(ひよこ豆を砕いたもの)」
という豆を買ったのだが、どう料理するのかが知りたい。

「How to eat?」と聞いてみたら、
「Boil ! Boil !」と火で燃やすジェスチャー。

なるほど、煮るのか。

でも、どのくらい煮るんだ?

「How much time?」と聞いてみると
「Ten minutes!」と店主。

「OK.OK.Thanks you.」
と店を出る私。

「Thank you very much.」
と送り出す店主。

私の英語力では
インド人とのコミュニケーションはこれで精一杯である。

本当はもっと詳しい事を聞きたいのだが
想像するしかないのである。

その店はなくなったが
インド食材店は他にもある。

インド人コミュニティにとって
こういう店はなくてはならないのであろう。

御徒町交番の近くに
ずいぶん昔からインド食材店がある。

ただし、同じ店がずっとあるわけではなく
場所(借りる店舗)を少しずつ変えて
ずっとそのあたりにインド食材店はある。

昔は前述の店のように名前もわからなかったが、
今はスパイシーフードネットワークという看板を掲げ、
日本人にも入りやすい店構えになっている。

先日そこへ行って、
チキンカレー用のカレー粉と
タンドリーチキン用のカレー粉を買いに行った。

日本人がカレー粉と言っている
スパイスを調合したものを
彼らはガラムマサラと言う。

これが用途別に十種類以上もあり、
しかも作っている会社がいくつもあって
何を買っていいかよくわからない。

それでやっぱり店番の兄ちゃんに聞くことになる。

やっとのことで商品を手にしたついでに
「どういう客が来るのか。
どういう人がオーナーなのか。」
などということを日本語で聞いたみたが
やはり全く通じない。

わかったことと言えば、
私の買ったカレー粉がインドの会社のものであり、
隣の棚はパキスタンの会社のものであるという事だけだ。

ところで私の他にその店に来ていた客は
中国人の女性二人連れであった。

一体ここはどこなんだ?

インド人達 

私の住む街にはインド人が多く住んでいる。

中国人や韓国人もたくさん住んでいるのだが、
彼らは基本的に日本人と同じような顔をしているので
ちょっと見ただけではわからない。

しかし、インド人は外見が日本人と全く違うのですぐにわかる。

元々宝石の問屋がたくさんある場所で
宝石関係の仕事をしている人は、インド人が多い。

だからインド人が多いのかもしれない。

私がインド人だと思っている人たちは、
ネパール人やパキスタン人かもしれないが…。

インド人は牛乳が好きだ。

スーパーで牛乳を大量にカゴに中に入れているのをよく目にする。

私はインド人の友達がいないので、
これも私の勝手な想像だが
多分、自家製のヨーグルトやラッシーを作るのだと思う。

インド人の主婦は太っている。

子供はとても痩せているのに、
お母さんになると皆太っている。

多分、太っている人が良いという
価値観があるのだろう。

インド料理屋もたくさんある。

これは、中華料理屋や
焼肉屋についても言えることだが
一度、インド料理屋が出来ると
その店が潰れても、経営者が変わって
またインド料理屋ができる。

この街には、インド人にとって必要なものが
かなり揃っているように思える。

インド食材店も何件かある。

日本人があまり買わないので
いつの間にかなくなっていることが多い。

しかし、無くなるとまたいつの間にか
インド食材店ができる。

私もたまに利用する。

カレー粉を買う。

カレー粉といっても様々なスパイスと
調味料が混ざったもので
それを入れるだけでカレーができる、というものだ。

日本で言うバーモントカレーとか、
ジャワカレーのようなもののインド版だ。

インドにはこのようなものは本来無いはずなのだが
多分、日本のカレールー商品を真似したのだろう。

しかしさすがスパイスの国の商品で、
これが美味しい。

私のお気に入りである。

ところで、このインド食材店、
日本語を喋れる人が全くいない店もある。

昔、「ダールカレーの中に入っている豆が欲しい」
といったことがある。

日本語が通じないので随分苦労した。

ダールカレーは知っていても、
何の豆が入っていて、
その豆を何と呼ぶのか知らなかったからだ。

英語や身振り手振り、
ネットの画像などで説明をしてもらいわかったのだが、
この豆はチャナダールというらしい。

チャナというのはひよこ豆のことで、
ダールというのは小さく砕いた、という意味だ。

つまり、ひよこ豆をすぐに食べれるように
細かく砕いたものなのだ。

その豆を持って店を出た私は
ちょっとした海外旅行に行って来た気分だった。

私の住む街は国際都市である。

三木

上野や浅草には、たくさんのふぐ料理屋があった。

そのほとんどが家族経営の小さな店である。

こういう店は、代を継ぐ者がいないと
閉店になってしまう。

そば屋と同じ理由なのだが、
ふぐ屋の場合はふぐそのものの値段の高騰で
気軽に食べる人が少なくなり、
閉める店が多くなっている。
 

昔、ふぐばかり食べていた頃がある。

その頃は仕事が忙しかった。

体がきつくて脂っこいものを胃が受け付けなくなる。

それで、元々大好きな「ふぐでも食べようか。」ということになるのである。

夜中、玄品ふぐ(ふぐ料理のチェーン店)にもよく行った。

冬になると週に2,3回も食べていただろうか。

それでも春の彼岸が過ぎ5月頃になると、流石に食べなくなる。

ところが、夏の暑い時期の8月頃
禁断症状が出る。

「あともう少しで涼しくなる。
涼しくなったらふぐを食べよう。」
などという思いが沸いてくると、今すぐ食べたくなる。

そういう時、私はよく三木に足を運んだ。

浅草の国際通り、ビューホテルのすぐ近くにあったふぐ屋だ。

ここは、落語家や芸人のサインがたくさん飾ってあった。

浅草演芸ホールやフランス座が近くにあるからなのか、
そういう人たちが集まってくるらしい。

何度かそれらしい人たちが集まって
ふぐを食べているのを見た覚えがある。

下町には、愛想のない大将がいる料理屋が多い。

客が「この店のおすすめはなんですか?」と聞くと、
「初めて来た奴の好みなんか俺に分かるわけねえだろ。」
と返すようなオヤジだ。

一方女将さんが愛想のないというパターンもある。

この三木は後者だ。

三木の女将さんは愛想がないという以前に、やる気がない。

ずっと座っていて、ほとんど動かないのだ。

何か体に原因があったのかもしれないが、
その分大将の愛想は良い。

他の浅草のふぐ料理屋がそうであるように、
ここの大将も三浦屋の出身だ。

だから、店の内装も三浦屋の一階とよく似ていた。
店全体に畳が敷いてある。

低いカウンターがあって、
下は掘りごたつのように足を入れることができるようになっている。

私はそのカウンターに一人座り、久しぶりのフグを満喫する。

一人で食事なんて、というひとがいるかもしれないが
それはそれで楽しいのである。

なぜならば、味わうことに集中できるからだ。

鍋も自分が入れたものを責任を持って自分が食べる。

春菊も、丁度いい煮え加減の青々とした瞬間を逃すこともない。

ひたすら鍋の中を見て、
最高の茹で加減をはかりながらフグを上げる。

酒は菊政の樽酒。

8月だというのに、これを熱燗で飲む。

クーラーがきいているとは言え、雑炊を食べ終わる頃には
汗びっしょりで、風呂上りのいい男である。

食べ終わって、店を出ると
悪いものが流れ落ちたような爽快な気分になる。

「もう一杯そのへんで飲んでいくか。」
というようなことになってしまうのである。
プロフィール

押川雲太朗

1965年生まれ。漫画家。麻雀漫画を多数執筆しています。現在は「麻雀小僧」と「Let’s Go なまけもの」を執筆中。

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