アーンドラ・キッチン

上野御徒町はオフィス街でもある。

ランチタイムにはどこの飲食店でも
待っている人がいる。

逆に、昼時でも空いている店は
大体、数ヵ月後には潰れている。

狭い店舗で家賃も高く、行列が出来るようでなければ
黒字にならないというのが実情なのだろう。

しかも客が入るのはランチタイムの1,2時間だけだ。

だからなるべくたくさんの席を作り、
すし詰めにしてたくさんの客を入れようとするのもうなずける。

そして、そういう店は当然サービスも悪い。

客の立場からするとこれは辛い。

広々とした所でゆっくりと食べるのも
美味しさの内だと思うからだ。

多少高い金額を払っても
広々とした所で食べられるのであれば
私は行きたいと思うのだが、
店としては、やはりすし詰めにしたほうが儲かるらしい。

ちょっと高いが味はまあまあで、
客の少ない店が私は好きだが、
しばらく通ううちに結局潰れてしまう。

家賃の高さのせいなのか、これが現実である。

美味しくても、すし詰めの店や行列が出来ているような店は
足が遠のいてしまう。

インド料理屋の「アーンドラ・キッチン」も
そういう店の一つだ。

この店は御徒町の松坂屋の近くにある。

出来た頃に入ったと思う。

歩いていて、「こんなところにインド料理屋が出来たのか。」
と思った記憶があるからだ。

私は夜にはあまりインド料理屋には行かない。

夕食には日本酒が飲みたいからだ。

だからその時も昼時だったのだと思う。

ランチタイムを少し過ぎた頃だったかもしれない。

店はすいていた。

インド人の店員は大体愛想が良い。

「アーンドラ・キッチン」の店員も愛想が良く、
カタコトの日本語で、
ここが南インド料理の店であると教えてくれた。

確かに見たことのないメニューばかりだった。

私はすぐに気に入り、
ドーサや色んなものをアラカルトで頼んだ。

美味しかったので、
「御徒町でインド料理が食べたくなったら
アーンドラ・キッチンに行くと良い。」
と人にも勧めたし、私もその後何度か訪れた。

ところがしばらくして行ってみると、
店の空気がガラっと変わっていた。

段々と客が増え、
人気店になって来ているなとは感じていたが、
その日行ってみると店員が日本人になっていた。

この店員が愛想も素っ気もない。

メニューにドーサがないので聞いてみると、
カレーのセットしかないと答える。

セットというのはターリーとかミールスと呼ばれている
カレーとかナンとかライスが一つの皿に乗った定食のようなものだ。

こういうセットに入っている料理は、
多くの人が好むメニューで、変わったものは食べられない。

これではこの店の特色が消え、
ほかのインド料理屋とあまり変わらない。

客が多いのだから、
アラカルトなど面倒なのはやってられない、ということだろう。

しかもその店員は、
マシーンのようにどんどんテーブルに客を詰め込んでいく。

牛小屋の牛が餌をもらうようだった。

私はセットを食べて、残念な気分で店を出た。

もう来ないだろうなと思った。

「夜来てみたら、店の感じはどうだろう。」
とも思った。

しかし、夜は日本酒が飲みたい。

やっぱりもう行かないだろう。

いや…店の空気が変わっているかもしれないので
しばらくしたら行ってみようかな。

フレンドリーなインド人

御徒町周辺には、昔からインド料理屋が多い。

前にも書いたが、
宝石関係に従事するインド人が多いからだと思う。

ほかの地域のことはわからないが、
今もこの地域ではインド料理屋の数は確実に増えている。

多分、インド料理屋の密度は高いと思う。

そんなわけで、
私も昼食にインド料理屋に行くことは多い。

インド料理屋の店員は、大体フレンドリーで
居心地は悪くないし、私は辛い物は好きだ。

ただし、量が食べられない。

ところが大抵のインド料理屋では、
大きなナンや大量のライスが付いてくる。

しかもおかわりし放題。

食べたいだけ食べてくださいという親切なのだろうが、
私には出されたナン1枚を食べるのが精一杯である。

たまに残す。

それでも腹が膨れすぎで店を出ることになるのだが、
カレーは大好きなので、
数日たつとそんなことは忘れてまたインド料理屋に行く。



昭和通りを御徒町から秋葉原の方向に行ったところに、
スルターンというインド料理屋がある。

「スルターン」という店は、ほかにもある。

「スルタン」も合わせると、
インド料理の中で一番多い名前なのではないかと思われる。

スルターンはイスラム国家の王様のことなので
この名前が多いのもうなずける。

インドというより、パキスタンな感じがするが…。

経営者が同じなのかもしれないが、
前にも書いたように、インド料理屋の店員は
日本語があまり得意でない人が多く、
詳しい話がきけないため想像するしかない。

そのスルターンに、ランチタイムが終わった3時頃、
私はカレーを注文した。

客は私一人。

元々それほど流行っている店ではない。

すると一人のインド人が近づいてくる。

「チョットいいデスカ。」
コックの格好はしていない。

店の関係者のようだ。

手にチラシを持っている。

「コレ、なんてかいてアル?」
とニコニコしながらチラシを私に差し出した。

見ると、どうやらこの店が入っているビルに
深夜侵入者がいたようだ。

かなり前のことで、詳しくは覚えていないが
外階段で寝ている人がいたとかそんな話だったと思う。

それに対して、
注意を喚起するビルのオーナーからの通知だった。

またしても難問である。

なんとかしてジェスチャーを含め
このことをインド人に言ったが、あまり伝わらないようだ。

ただ、彼の心配はそのチラシが何かの抗議であったり、
書面を書いたり法的な業務が必要でないという事だけはわかったらしい。

最終的には彼も「OK,わかった。サンキュー。」と言ってくれた。

「ふう。やっとわかってくれたか。」
と食べかけたナンに手を伸ばすと
彼はフレンドリーな笑みを浮かべてこう言った。

「ナン、いくらでもおかわりシテ。」

だから、1枚食べるのもやっとだっちゅーの。

インド食材店

前回のインド食材店の話は10年ぐらい前の話である。

もうその食材店はない。

この店は竹町という地域にあった。

この地域は、江戸時代の町の区画が
そのまま現代に受け継がれているような場所である。

かつて長屋だった場所にそのまま人が住んでいたりする。

庭付きの家などほとんどない。

その中の空き家をインド人は借りていた。

「インド食材」などと書かれた立て看板があるだけで
店の名前もわからない。

入っていくと、中は倉庫のようになっていた。

店主が座るデスクが一つあって、
ノートパソコンがあった。

多分商品のデータが入っていたのだろう。

日本人向けというより、
インド人やインド料理店を相手に商売をしていたのだと思われる。

とにかく日本語が通じないことが困った。

「チャナダール(ひよこ豆を砕いたもの)」
という豆を買ったのだが、どう料理するのかが知りたい。

「How to eat?」と聞いてみたら、
「Boil ! Boil !」と火で燃やすジェスチャー。

なるほど、煮るのか。

でも、どのくらい煮るんだ?

「How much time?」と聞いてみると
「Ten minutes!」と店主。

「OK.OK.Thanks you.」
と店を出る私。

「Thank you very much.」
と送り出す店主。

私の英語力では
インド人とのコミュニケーションはこれで精一杯である。

本当はもっと詳しい事を聞きたいのだが
想像するしかないのである。

その店はなくなったが
インド食材店は他にもある。

インド人コミュニティにとって
こういう店はなくてはならないのであろう。

御徒町交番の近くに
ずいぶん昔からインド食材店がある。

ただし、同じ店がずっとあるわけではなく
場所(借りる店舗)を少しずつ変えて
ずっとそのあたりにインド食材店はある。

昔は前述の店のように名前もわからなかったが、
今はスパイシーフードネットワークという看板を掲げ、
日本人にも入りやすい店構えになっている。

先日そこへ行って、
チキンカレー用のカレー粉と
タンドリーチキン用のカレー粉を買いに行った。

日本人がカレー粉と言っている
スパイスを調合したものを
彼らはガラムマサラと言う。

これが用途別に十種類以上もあり、
しかも作っている会社がいくつもあって
何を買っていいかよくわからない。

それでやっぱり店番の兄ちゃんに聞くことになる。

やっとのことで商品を手にしたついでに
「どういう客が来るのか。
どういう人がオーナーなのか。」
などということを日本語で聞いたみたが
やはり全く通じない。

わかったことと言えば、
私の買ったカレー粉がインドの会社のものであり、
隣の棚はパキスタンの会社のものであるという事だけだ。

ところで私の他にその店に来ていた客は
中国人の女性二人連れであった。

一体ここはどこなんだ?
プロフィール

押川雲太朗

1965年生まれ。漫画家。麻雀漫画を多数執筆しています。現在は「麻雀小僧」と「Let’s Go なまけもの」を執筆中。

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